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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)240号 判決 1963年9月23日

布施市足代一丁目九四番地

控訴人

加茂栄三

右訴訟代理人弁護土

小林康寛

大阪市東区大手前之町

大阪合同庁舎第一号館内

被控訴人

大阪国税局長

武樋寅三郎

右指定代理人検事

山田二郎

法務事務官 大森国章

大蔵事務官 平井武文

畑中英男

右当事者間の譲渡所得税ならびに加算税決定取消請求控訴事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し昭和三四年三月二四日付でなした譲渡所得税ならびに加算税に関する審査請求を棄却する決定を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上ならびに法律上の主張および証拠関係は、控訴代理人において、

「(一) 本件土地譲渡には、改正前の租税特別措置法第一六条の適用がある。土地収用法に基く収用については繁煩複雑な手続を必要とするところから、いきおい、土地収用に長期間を要し、かつ、裁定による損失、補償額は任意買収価格に比して高額となるのが通常であるため、公共事業の起業者は同法の適用を嫌い、殆んどは任意売買によつているのが実情である。右のような土地収用法運用の実情からすると、前記改正前の租税特別措置法第一六条は、土地収用法等による収用の場合に限らず、任意売買の場合にも適用さるべきものである。現に、昭和三四年改正の租税特別措置法第三一条は、課税特例の適用ある場合として、(1)土地収用法その他の法律により資産が収用され、補償金を取得する場合のほか、(2)資産の買取の申出を拒むときは土地収用法その他の法律により収用されることとなる場合において、資産が買い取られ対価を取得する場合を規定している。また、かかる処置は既に昭和二八年一二月一二日付国税局直税部所得税課の一の八二、「土地収用等の場合に於ける所得税及再評価税の取扱方」通達、昭和二九年五月二七日直所一-四九、昭和二八年一二月一二日直資一二七、査調二-三五等の通達等によつても採られていたことに留意すべきである。

(二) 本件土地交換契約によつて、控訴人には譲渡による所得はない。所得税における所得の意義如何については、いわゆる(1)所得源泉説と(2)純資産増加説とが主たるもので、前者は、一定期間における各種の勤労、事業、資産より生ずる継続的な収入から、それを得るための必要経費を控除した残額を所得とする考え方であり、後者は、一定期間内における財産増加の総額からその期間の財産減少額を控除した残額を所得とする考え方で、資産の売却または交換による利得も課税の対象となるのであり、わが国の所得税法は大体において(2)の純資産増加説を採つている。そして、これによれば、譲渡所得の課税対象は資産の移転によつて利得がなんらかの形で実現され、もしくは実現されたとみなされる場合でなければならず、控訴人は本件土地の譲渡によりなんらの利得をえていないから、譲渡所得を課せられる理由はない。」

と述べ、立証として、甲第一二ないし一五号証、同第一六号証の一、二を提出し、証人泉市郎の尋問を求め、

被控訴代理人において、右甲号各証の成立を認めたほかは、原判決事実摘示と同一であるから、ここに、これを引用する。

理由

一、左の事実は当事間に争がない。

(一)  布施税務署長は昭和三三年九月二七日控訴人の昭和三〇年度の所得税額に関し、所得税額八、三八七、七八〇円、無申告加算税二、一三一、五〇〇円とする旨の決定をした。控訴人はこの決定に不服であつたから、同年一〇月二日布施税務署長に対し再調査の請求をしたが、同年一二月八日に却下された。その間同年一〇月一四日に布施税務署長はさきの決定による所得税額を八、五二六、二三〇円と訂正する決定をした。控訴人は、再調査の請求が却下されたので、同年一二月一七日被控訴人に対し審査の請求をしたが、これも昭和三四年三月二四日に棄却され、同年同月二七日その旨の通知を受けた。

(二)  布施税務署長は、控訴人が昭和三〇年八月七日に訴外近鉄不動産株式会社(以下近鉄不動産という)との間に、控訴人所有の別紙第一物件目録記載の土地(以下第一の土地という)と近鉄不動産所有の別紙第二物件目録記載の各土地(以下第二の土地という)との交換契約を締結した(昭和三一年七月一六日にその旨登記を経由した)ことにより、控訴人に譲渡所得があるとして本件課税処分をした。

二、そこで、被控訴人の右審査請求棄却の処分に、控訴人主張のごとき違法が存するか否かを考察する。

(一)  本件交換契約の相手方は近鉄であり、改正前の租税特別措置法第一六条の適用があるとの主張について、

成立に争のない甲第二ないし四号証、同第一三号証、乙第一号証に証人泉市郎の証言(一部)ならびに同証言により真正に成立したと認められる甲第六号証(一部)を総合すれば、昭和三〇年七月八日、控訴人と近鉄不動産との間において、控訴人所有の第一の土地と近鉄不動産所有の第二の土地との交換契約が成立したことが認められ、前掲証人泉市郎の証言ならびに甲第六号証の記載中右認定に反する部分は前掲諸証拠にてらし採用できない。

控訴人は第二の土地の形式上の所有者は近鉄不動産であるが、近鉄不動産は近鉄の傍系会社で実質上近鉄と同一体となすべく、本件交換契約は右土地の実質上の所有者たる近鉄が布施駅拡張用地として近鉄不動産名義をもつて締結したものであるから、右契約の相手方は近鉄にほかならないと主張する。

近鉄が土地収用法第三条にいう公共の利益となる事業である地方鉄道を営む会社であり、現行土地収用法第二〇条の規定により第一号ないし第四号に該当するものとして事業認定を受け、土地を収用または使用してその事業を経営してきたものであることは当事者間に争がなく、前掲甲第六号証、証人泉市郎の証言ならびに同証言により真正に成立したと認められる甲第七号証によると、近鉄は昭和二九年より実施した上本町、布施間複々線工事に際し、布施駅拡張用地に必要のため、控訴人に対し同人所有の第一の土地の買収交渉をしたが、控訴人は適当な代替地があれば近鉄の右事業に協力する旨申出でたところ、近鉄に適当な所有地がなかつたために、傍系会社たる近鉄不動産所有の第二の土地を代替地として提供することになつて、本件交換契約が締結せられるにいたり、近鉄は現在第一の土地を布施駅構内のプラツトホームならびに路線用地として使用していることが認められる。

しかしながら、近鉄と近鉄不動産とは法律上別人格なることは勿論後記認定のとおり、両者を実質上同一体とは到底認め難く、第二の土地は名実ともに近鉄不動産の所有なることが明かである。すなわち、成立に争のない甲第一二、一三号証に証人泉市郎の証言を総合すれば、近鉄不動産は土地建物の売買貸借を目的として昭和二八年六月設立された会社で、その取締役の一部が近鉄取締役により兼任され、資本的にも近鉄に従属する傍系会社ではあるが、近鉄の軌道用地、自動車道路用地その他の事業用地の取得、処分はすべて近鉄自身において行い、近鉄不動産は前記近鉄の使用した事業用地の残地の処分、その他使用目的未定の土地の取得、処分等を主要な業務内容とするものであり、本件交換の目的となつた第二の土地も、近鉄不動産が近鉄の事業用地としてではなく、利殖その他転用の目的で自らのために取得したものであることが明らかで、近鉄不動産は右交換により取得した第一の土地をさらに近鉄に譲渡したうえ、近鉄においてこれを前記布施駅拡張用地に使用していることが認められる。したがつて、本件交換契約が前認定のごとく控訴人において近鉄の事業に協力する趣旨をもつてなされた事実からして、右契約の相手方を法律上近鉄であるとすることはできない。控訴人の援用する税法上の実質課税の原則の適用によつて本件交換契約の相手方を近鉄とすべき根拠はない。

さらに、控訴人は、第二の土地が近鉄不動産の所有であつたとしても、近鉄は近鉄不動産所有の右土地を交換の目的として本件交換契約を締結したものである旨主張するが、右主張を認めるに足る証拠はない。

しからば、本件交換契約の相手方が近鉄不動産でなく、近鉄であることを前提として、改正前の租税特別措置法第一六条の適用があるとの控訴人の主張は、すでに、この点において前提を欠き理由がない。

(二)  本件交換契約は等価物を交換するものであるから、控訴人は譲渡による所得はないとの主張について、

控訴人の右主張についての当裁判所の判断は、左に附加するもののほか、原判決説示の理由(理由欄二項記載)と同一であるから、これを引用する。

現行所得税法上「所得」の意義は明確にされておらず、その意義については控訴人主張のような諸学説がその代表的なものであつて、所得税法が原則的には所得源泉説に拠りながら、純資産増加説に接近しつつある点は、一般に承認されているところである。しかしながら、右学説は、いうまでもなく実定法上のものではないから、これら学説をもつて直ちに税法上の所得の概念を決定することはできない。要は、所得税法自体の諸規定よりこれを明らかにするほかない。ところで、所得税法(昭和三〇年当時施行のもの)第九条第八号によれば、資産の譲渡による所得とは、その年中の総収入金額から当該資産の取得価格、設備費、改良費、及び譲渡に関する経費を控除した金額と明定されており、右譲渡所得の計算規定自体が同所得の意義を定めているのであつて、譲渡所得は、資産の譲渡により利得がなんらかの形で実現し、もしくは実現されたとみなされる場合でなければ発生しないとの控訴人の主張は、前記所得税法の規定に反する独自の見解であつて採るをえない。

三、しかして、控訴人が負担すべき本件所得税額ならびに無申告加算税の税額は、原判決説示の理由(理由欄四、五、六項記載)と同一の判断により、当裁判所は、所得税額を金八、五二六、二三〇円、無申告加算税の税額を金二、一三一、五〇〇円と認定するから、右原判決の理由をすべて引用する。

四、以上のとおり、布施税務署長のなした本件課税処分は適法であるから、これに対する控訴人の審査請求を棄却した被控訴人の決定は適法である。しからば、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当であるから本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 沢栄三 判事 斎藤平伍 判事 中平健吉)

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